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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)5835号 判決 1982年5月10日

原告 小林貞夫

右訴訟代理人弁護士 星野成治

被告 有限会社 岩崎不動産

右代表者代表取締役 岩崎きみ子

右訴訟代理人弁護士 高場茂美

同 平野隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(申立)

一  原告

被告は原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ昭和五五年三月二四日から明渡しずみまで一か月金二一万九〇〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言。

二  被告

主文と同旨。

(主張)

一  請求の原因

1  原告は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という)の所有者であるところ、本件土地上には別紙物件目録(二)記載の建物(以下、本件建物という)が建築されていて、被告が同建物を所有して本件土地を占有している。

2  本件建物はもと訴外丸尾商事株式会社(以下、丸尾商事という)が、本件土地は訴外尾上賢が各所有していたところ、本件土地・建物について設定されていた抵当権が実行され、東京地方裁判所昭和五三年(ケ)第九八七号不動産競売事件として係属し任意競売の開始決定を受けたが、本件土地は最終的には競売に付されることなく尾上賢の所有のまま残り、本件建物は、昭和五四年四月二日被告が競落許可決定を得て昭和五四年一一月二六日所有権移転登記を経由し所有者となった。

3  尾上賢は、丸尾商事の代表取締役である関係上、その所有の本件土地を、同地上に存する本件建物の所有者丸尾商事に対し無償で提供していた、したがって、本件土地の利用形態は、法律上使用貸借関係にあった。

4  原告が本件土地を所有するに至った経緯は、次の通りである。

(一) 原告は、尾上賢に対し、昭和四八年三月一〇日、金二五〇〇万円を、弁済期は同年九月一〇日、利息は年一割二分、遅延損害金は年二割の定めで、貸し渡した。尾上賢は、右弁済期を徒過したことは勿論のこと、原告の再三再四に亘る請求に対しても言を左右にして右金員を支払おうとはしなかった。遅延期間が長ずるにつれ尾上賢は、尾上が経営する丸尾商事所有の土地或いは建物で代物弁済する旨を何回か原告に申し込んだが、いずれも係争物件であったり、原告が所有権移転登記手続を経由しようとした直前に第三者に転売されたりして、結局原告は何らの権利をも取得できなかった。

(二) 昭和五五年三月一〇日には、右貸金は、利息金一五〇万円、遅延損害金金三二五〇万円を加え合計金五九〇〇万円という高額になった。そこで原告は尾上賢に対し右債権の清算を至急するよう申し入れ、尾上はようやく原告の請求を容れ、同年三月二一日に右債務の支払にかえて本件土地の代物弁済契約が成立し、原告は本件土地の所有権を取得し、東京法務局城北出張所昭和五五年三月二四日受付第弐壱六四九号で同土地の所有権移転登記手続を経由した。したがって、被告は原告に対し、本件土地の使用権をもって対抗できない。

5  本件土地の一か月相当の損害金は少なく見積っても金二一万九〇〇〇円(三・三m2当り五、〇〇〇円)を下ることはない。

6  よって原告は被告に対し、所有権に基づき本件建物を収去して本件土地を明渡すこと及び昭和五五年三月二四日から明渡しずみまで一か月二一万九〇〇〇円の割合による損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1の事実は、原告が本件土地の所有者である事実は否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実中、被告が本件建物の所有権を取得した日が昭和五四年一一月二六日であること(所有権を取得したのは競落代金完納の日である同年同月二二日である)及び、本件土地・建物に抵当権が設定されていたこと(設定されていたのは根抵当権である)は否認し、その余の事実は認める。

3  同3の事実中、尾上賢が丸尾商事の代表取締役であった事実は認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4の事実中、原告が本件土地について原告主張の所有権移転登記手続を経ている事実は認め、その余の事実は否認する。

5  同5の事実は否認する。

三  抗弁

仮に原告が本件土地を所有しているとしても、被告は本件土地について以下の利用権の存在を主張する。

1  法定地上権

(一) 昭和四八年一〇月二七日の時点において、本件土地は尾上賢の、本件建物は丸尾商事の各所有であった。

(二) これより先の昭和四七年一二月二一日尾上賢は本件土地について訴外埼玉県信用金庫(以下訴外金庫という)に対し左記内容の根抵当権を設定し、訴外金庫は東京法務局城北出張所同年同月二三日受付第一〇七九六四号を以て右根抵当権設定登記を経由した。

極度額 金一億二千万円

債権の範囲 信用金庫取引・手形債権・小切手債権

債務者 丸尾商事

根抵当権者 訴外金庫

(三) 昭和四八年一〇月二七日丸尾商事は本件建物について訴外金庫に対し右記内容の根抵当権を設定し、訴外金庫は同法務局同出張所同年一一月一日受付第九〇二九七号を以て右根抵当権設定登記を経由した。これにより本件土地と本件建物は訴外金庫が丸尾商事に対して有する信用金庫取引による債権、手形債権、小切手債権の共同担保となった。

(四) 次いで、訴外金庫は本件土地建物について任意競売を申立て、昭和五三年九月一四日東京地方裁判所において競売手続開始決定を得、これを原因として本件土地建物につき同法務局同出張所昭和五三年九月一八日受付第七八四五五号を以て任意競売申立登記がなされた。

(五) 被告は昭和五四年四月二日本件建物を競売代金一億二五六万円で競落し、同年一一月二二日競売代金全額を払込んで本件建物の所有権を取得し、同法務局同出張所同年同月二六日受付第一〇一八〇八号を以て所有権移転登記を経由した。

(六) なお、本件土地は、訴外金庫の請求債権額及び競売手続費用等が、右競売代金額以下であったため競売されず、任意競売の申立は昭和五五年三月三日取り下げられた。

(七) ところで、丸尾商事は株式会社たる法人であるが、その法人格は本件に於ては次のように濫用されているのであるから、丸尾商事の法人格は否認されるべきであって、丸尾商事とその代表取締役である尾上賢個人とは同視されるべきである。

(1) 丸尾商事の役員は、左記のとおりすべて尾上賢の一族で占められている。

代表取締役 尾上賢(本人)

取締役 尾上太郎一(尾上賢の兄)

同     山木進典(尾上賢の妻幸枝の一族)

同     山木照雄(右同)

監査役 尾上千幸(尾上太郎一の妻)

前監査役 尾上久子(尾上賢の姉)

(2) 本件建物には被告が競落する前から現在に至るまで次のとおり尾上賢の一族及びその経営する会社が入居しており、被告は左記の者を被告として東京地方裁判所に建物明渡請求事件(民事第三一部は係昭和五五年(ワ)第九、七一四号)を提起したが未だに本件建物を明渡さない。

四階部分

丸尾商事(代表者 尾上賢)

丸尾興産株式会社(代表者 尾上太郎一)

日本観光株式会社(代表者 尾上賢)

五階五〇一号室

尾上久子(尾上賢の姉)

尾上松子(尾上賢の養女であり尾上久子の実子)

六階六〇二号室

尾上賢二(尾上太郎一の長男)

なお、右の建物部分は、本件建物全体の約三分の一に当たる。

(3) 本件土地建物についての競売事件記録中不動産鑑定書によると、本件建物の評価額は金七九四〇万円、本件土地の評価額は金五三五万円であって、本件建物の評価額は本件土地の利用権を含んだ評価額となっている。

(4) 尾上賢は丸尾商事の訴外金庫に対する債務の連帯保証人にもなっており、本件建物の競落により右連帯保証債務の支払いを免れている。

(5) 以上を総合すると、本件建物は事実上は尾上賢個人が所有していたのと同一であり、尾上賢が本件土地を現在も所有していると仮定した場合、尾上賢が被告に対し本件建物の収去を求めることは到底許されない。ところが、尾上賢はたまたま本件建物の所有名義が丸尾商事であったことを奇貨とし、以上のような事情を熟知する原告に対し本件土地を譲渡し、原告から本訴請求がなされているのであるが、これは正に原告と尾上賢による法人格の濫用であると言わざるを得ない。

(八) 右のとおり、丸尾商事が尾上賢と別個の法人格を有するとの主張が法人格の濫用であり、丸尾商事と尾上賢は同一人格とみなすべきであるならば、本件土地について被告が法定地上権を有することは明白である。

2  賃貸借

(一) 尾上賢はその所有する本件土地について、丸尾商事との間で、本件建物の新築された昭和四八年七月一六日頃、本件建物所有を目的とする賃貸借契約を締結した。

(二) その後、前記のとおり被告は昭和五四年一一月二二日本件建物の所有権を取得したが、前記1に主張した事実から尾上賢が被告の本件土地の賃貸借の承継を承諾しないことは信義上許されず、丸尾商事と尾上賢間の本件土地の賃貸借契約は右同日被告と尾上賢との間に承継された。

(三) 被告は本件土地について所有権移転登記を昭和五四年一一月二六日に経由しているから、右賃借権の取得を原告に対し対抗することができる。

3  権利濫用

(一) 原告は前記1記載の事実を熟知した上で本件土地を取得している。

(二) これは、土地所有者が尾上賢のままでは被告に対し建物収去、土地明渡を求めることの違法性が余りにも明白であるところから、所有名義人を替え、原告から被告に対し本訴を提起することによって高額の和解金を取得することを目的として本件土地を取得したものである。

(三) 本件建物は鉄筋コンクリート造六階建延床面積六三四・三六m2競売代金一億二五六万円という極めて価値の大きい建物であり、これを収去することによる社会経済的損失は大きい。

(四) 原告の主張する本件土地の取得原因は原告が尾上賢に対して有していたと称する金五九〇〇万円の債権の代物弁済であるが、本件土地にはそれだけの価値はなく、ましてや新倉マキヱを抵当権者とする金一億五千万円の抵当権が設定されているのであるから、原告の本件土地の取得が、本訴を提起する資格を得ることにあったことは明白である。

(五) 以上のとおり、原告は

(1) 本件土地上に社会経済的価値の極めて大きい本件建物の存在することを知り、

(2) 尾上賢からは信義則上被告に対し本件建物の収去を請求できないことを知り、

(3) 被告が本件建物を取得するに至った経過を知った上で

(4) 専ら被告に対し本件建物の収去を訴求し和解金を取得する目的で

本件建物を取得したもので、本訴請求は権利の濫用に当り許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)ないし(五)の事実は認める。

2  同(六)の事実のうち、本件土地について任意競売の申立が昭和五五年三月三日取下げられたことは認め、その余の事実については不知。

3  同(七)冒頭の事実は否認。同(1)の事実のうち、丸尾商事の役員が被告主張の者であることは認めるが、役員間の関係については不知。

同(2)の事実のうち、被告主張の居住者が居住しているとは認めるがその余については不知。同(3)、(4)の事実は認める。同(5)の事実は否認。

4  同(八)の主張は争う。

5  同2および3の主張事実はすべて否認ないし争う。

(証拠)《省略》

理由

一  本件土地がもと(昭和四八年一〇月二七日当時)尾上賢の所有であったことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は尾上に対し、昭和四八年三月一〇日、二五〇〇万円を弁済期同年九月一〇日、利息年一割二分、損害金年二割の各割合と定めて貸渡したこと、及び昭和五五年三月二一日、尾上との間で右貸金債権元本、利息金、遅延損害金合計五九〇〇万円の弁済にかえて本件土地の所有権を移転する旨合意して、引渡を受け、所有権を取得したことが認められる。

二  本件建物は、もと丸尾商事(代表者尾上賢)の所有であったところ、被告は、昭和五四年四月二日これを一億〇二五六万円で競落、同年一一月二二日代金を完済して所有権を取得し、同月二六日その旨の所有権移転登記を経由したこと、及び以後本件建物を所有して本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

三  よって、以下被告の抗弁について判断する。

1  尾上は、昭和四七年一二月二一日、本件土地につき訴外金庫に対し債務者丸尾商事のため、債権の範囲信用金庫取引、手形債権、小切手債権、極度額一億二〇〇〇万円とする根抵当権を設定したこと、丸尾商事は昭和四八年一〇月二七日、本件建物につき訴外金庫に対し右と同一内容の根抵当権を設定し、以後本件土地建物は訴外金庫の丸尾商事に対する前記債権の共同担保となったこと、訴外金庫が本件土地建物につき任意競売を申立てた結果、本件建物は前記のとおり被告所有となり、本件土地については競売申立てが取下げられたこと(《証拠省略》によれば昭和五五年三月四日解除により抵当権登記が抹消されたことが認められる。)、尾上は丸尾商事の訴外金庫に対する債務の連帯保証人になっており、本件建物の競落により右連帯保証債務の支払いを免れたことは、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》によれば、丸尾商事は、尾上賢が代表者、尾上の兄、妻が役員となって身内の者だけで設立された会社であり、原告自身、丸尾商事と尾上とは同一の人格であると認識していたことが認められる。

3  右事実によれば、丸尾商事といい、尾上賢といっても実質は尾上賢の事業体であり、本件土地建物は実質的には同一所有者に属するのと同視すべき関係にあったものと解するのが相当である。そして、建物の存立の基礎を確保し社会経済上の不利益を防止するという公益的理由並びに抵当権設定者及び抵当権者の土地利用権存続に関する通常の意思とに根拠をおく法定地上権制度の趣旨に鑑みれば、被告は、本件建物を競落することにより、尾上に対し民法三八八条の法意にしたがい本件土地の利用権を取得したものというべきで、その後に本件土地の代物弁済を受けた原告は、右利用権の制限を伴う所有権を取得したにすぎないこととなる。被告の抗弁は理由がある(なお、原告本人は、本件建物が尾上の所有であると考えていたからこそ本件土地の代物弁済に応じたもので、尾上所有であるならば収去を求めないけれども、被告に対し利用させる意思はないという趣旨の供述をしている。《証拠省略》からうかがうことのできる原告の真意は、他人所有の建物の敷地でしかも新倉マキヱに対して債権額一億五〇〇〇万円の抵当権が設定されている本件土地を、五九〇〇万円の債権の代物弁済に供した尾上を非難するにあり、仮にそのような事情があったとしてもそれは尾上との間の代物弁済契約の無効ないし取消の問題であって、被告に対し本件建物の収去を求めうるいわれはない。被告も、本件和解勧試の席上、原告からあらためて賃借してもよいとの意向を明らかにしているのであるから、適正な賃料額を定めて多少なりとも被害の回復をはかることが望まれる。)。

四  以上により、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大城光代)

<以下省略>

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